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――最近は「短鎖脂肪酸」の名前をよく見かけるようになりました。短鎖脂肪酸とはそもそもどのようなものなのですか? |
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堀米:短鎖脂肪酸は、口から摂った食物せんいやオリゴ糖を腸内細菌が分解して生成する炭素数の少ない脂肪酸の総称です。主なものとしては「酢酸(さくさん)」「酪酸(らくさん)」「プロビオン酸」の3つがあります。腸内細菌が産生するものですから、腸の健康に関連することは想像しやすいですよね。たとえば酢酸は、腸管の細胞のエネルギーになり腸の動きを活発にする、腸の炎症を抑える、腸管のバリア機能を強化するなどの作用があることがわかっています。
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――バリアというと有害な物質を通過させない、ということですよね。 |
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堀米:そうです。腸管は口と肛門とで体外に通じていますし、食物を通じてさまざまな有害菌が入ってくる可能性があります。短鎖脂肪酸は、腸管バリア機能を強化し、有害菌が作り出した有害な物質が血管内に入って全身に回るのを防いだり、腸内のpHを下げて酸性に傾け、有害菌の増殖を抑制したりする作用もあります。
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有害物質の侵入を防ぐことは、全身の炎症反応の抑制にもつながっていると考えられます。本来、炎症は大事な免疫の反応で、たとえば風邪を引いたときの炎症は、ウイルスを退治するために白血球が集まって攻撃している状態です。それ自体は重要なのですが、だからと言って炎症が慢性的に続いてしまうと病気や老化につながると考えられます。
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2013年にスペイン主導の国際的研究チームが発表した9つの老化要因(現在は12項目)についての提言「AGING HALLMARKS」でも、2023年の改訂で「腸内フローラの乱れ」が加わりました。現在は、老化は一種の病気であり、予防も治療もできる。そんな考え方が広がってきています。
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炎症を抑えるという点では、もうひとつ、アレルギーのリスクを低減する効果も知られています。花粉やペットの毛など、自分のアレルゲンが体内に入ってきたとき過剰に抗原を攻撃してしまう反応がアレルギーですが、短鎖脂肪酸は過剰な反応を抑制する作用があります。 |
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さらに短鎖脂肪酸自体は腸壁を通過して血流にのり、全身の細胞に働きかけてよい影響を与えることもわかってきました。血糖値を上げすぎないようコントロールするなど、エネルギーの代謝の調整にも短鎖脂肪酸がかかわっています。 |
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――脳と腸とは密接に関係しているという「脳腸相関」という言葉もありますね。 |
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堀米:脳はヒトにとって生命に直結する大事な臓器なので、不要な物質が入らないように血液脳関門(BBB)というバリア機能があり、病原体や他の場所の細胞などはブロックし、ブドウ糖やアミノ酸など脳の活動源となる分子の小さい物質だけを通します。短鎖脂肪酸は血液脳関門を通過して、BBBの健全性を維持したり、脳の神経細胞や免疫細胞に働きかけたりすることが知られています。脳腸相関は、腸内細菌関連の学会でも近年注目されているトピックですね。
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――短鎖脂肪酸には老化や炎症や代謝や脳機能まで、幅広い健康機能があるのですね。どのくらい腸内で産生されているのですか? |
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堀米:腸内フローラ(腸内細菌叢)は個人によって非常に異なるので、その人の腸内細菌や摂る食事の内容によって、短鎖脂肪酸の産生量も変わってきます。
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――産生量にはいわゆる「善玉菌」「悪玉菌」が影響するのですか? |
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堀米:たとえば、ビフィズス菌は善玉菌と呼ばれるような有用菌のひとつで、短鎖脂肪酸のひとつである酢酸を産生しています。こうした有用菌が十分にあるかどうか、腸内細菌叢のバランスが影響すると考えられます。
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――では、どんな腸内細菌のバランスが理想的ですか?つい善玉菌優位、“ビフィズス菌でいっぱいの腸内”みたいなものをイメージしますが…。 |
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堀米:もちろん有用菌が多いことも大事なのですが、それと同じくらい大切なのが多種の細菌が棲んでいて「多様性」が高いことです。腸内の多種多様な細菌は、それぞれ単独で活動しているのではなく、さまざまな性質、役割、機能を持つ細菌が、相互に影響し合うことで総合力を発揮するひとつのチームとして存在しています。腸内で多種多様な細菌がそれぞれの特徴を生かしながら働くことで、腸内環境の変化に強くなり健康が維持できると考えられています。また、腸内細菌叢全体で、ビタミンや短鎖脂肪酸などの有益な物質が多く生産されている状態が良い状態とされています。
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――なるほど、腸内も社会もダイバーシティが大事なのですね。 |
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